プロジェクトPROJECT

レア・アースマグネット 〜耐熱性向上と量産化に向けた技術革新〜
研究者たちの情熱が、日本の“レア・アース危機”を救った

磁性材料研究所 第二部
大橋 徹也
2006年入社 理学部化学科 無機化学研究室

挑戦

需要増が見込まれるマグネットの耐熱性向上への挑戦

武生工場で生産するレア・アースマグネットは、永久磁石の中でもっとも強力な磁石であり、あらゆる産業において活用されている。この製品を利用することで、モーターなど最終製品の小型化や高性能化が可能となり、省エネにも大いに貢献してきた。一方で、このレア・アースマグネットは、高い温度ではその磁力を損失するという弱点を持っていた。特にハイブリッド自動車や電気自動車の駆動用モーターなどの用途においては、モーターが高い温度環境下で使用されるため、強力で耐熱性の高いマグネット製品の開発が急務となっていた。2005年から磁性材料研究所内で立ち上がったプロジェクトチームに参画していた廣田はこう語る。
「レア・アースマグネットの耐熱性を高めるためには、特殊な元素であるジスプロシウムやテルビウムといった重希土類元素を添加する必要があるのですが、これまでの製法ではこれらの元素の添加により磁力が低下してしまいます。また一方で、これら重希土類元素は産出国が限定されるため価格変動リスクが大きいという問題がありました。これらの問題を解決するためには、より少ない重希土類元素で効率的に耐熱性を上げる必要がありました。」
従来の技術では重希土類元素をマグネットの原料合金中に添加していたが、廣田らプロジェクトメンバーの懸命な努力により、製品形状に近いマグネット素材の表面から重希土類元素を粒界(=結晶粒の境界)に沿って拡散させることで、耐熱性を高めるのに必要な結晶粒表面に重希土類元素を選択的に集中させることができ、その結果、高い磁力を維持したまま耐熱性を高められることを見出した。この新たな製法の量産化の検討を進める段階で、プロジェクトに参画した大橋に与えられたのは、耐熱性の更なる向上と生産性の向上というミッションだった。

「量産時に求められるのは、当然のことながら、再現性のある安定した性能です。ところが当初ラボで検討していた製造条件では、性能にバラツキが見られ、期待した特性がなかなか得られませんでした。」
大橋は無数ともいえる製造条件の組み合わせの中から最適な組み合わせを見つけ出すことに没頭。何度もトライアンドエラーを繰り返しながら、量産に適した条件を組み立てていった。
「一般的に研究は、“幅広く先入観を持たずにアプローチをすべき”だと思いますが、早急な実用化を図るためには、あらかじめ方向性を定めて集中的に検討することも必要だと考えていました。幸い先輩方が積み上げてきたデータがありましたので、それをベースに方向性を定め、検証を重ねていきました。」
廣田は大橋の真摯な研究姿勢をこのように高く評価していた。
「例えば、うまくいかないことがあったら、なぜうまくいかないのか?を突き詰めて、どうやったら改善できるか?という細かい検証をひとつひとつ積みあげていきました。そして、そこで判明した事象から仮説を立てて、その仮説を実証していく。原因を追究しながら解を見つけることができるのが、彼の研究者としての能力の高さだと感じていました。」
やがて、大橋の研究が実を結び、量産機レベルでも安定した製造条件を見つけることができた。しかし、従来の製造工程にはなかった新しい工程が増えることによるコストアップがネックで開発当初はなかなか実用化の道が開けなかった。
「性能が良いモノができるという確信はあったのですが、量産化に踏み込めないという歯がゆい状況が続きました。」

哲学

The信越と表現される研究者たちの考え方

そんな状況を一変するような転機が訪れたのは2009年のことだった。尖閣諸島の問題を発端に、中国が経済措置として打ち出した輸出規制、いわゆる“レア・アース危機”が勃発。数限りある資源を有効に使用しなくてはならないというムーブメントが信越化学内はもちろん、日本全体に広がっていき、プロジェクトチームが検討を進めていた製法がにわかにクローズアップされることになった。廣田は当時の状況をこのように振り返る。
「この製法は、ジスプロシウムの使用量を従来の1/5~1/10に抑えることができる。そうなると、例え新たな工程が増えようとも、そのコストを吸収できる。それくらいレア・アースが高騰していました。」
一気に状況が変わり、プロジェクトは加速度をあげて前に進み始め、試作でもこの製法を適用したマグネットの性能がユーザーにも認めてもらえるようになった。信越化学は他社に先んじて、新たに設備投資を行い、一気に量産体制を整えることに成功。今、その波は業界全体に波及している。このプロジェクトの研究がいわば、信越化学に新たな力を与えただけでなく、“レア・アース危機”から多くの日本の企業を救ったのだった。
大橋は、この一連の経験から得たものについてこう語る。

「会社や社会に貢献して自信がついた。もちろん、このプロジェクトは今も続いているので、さらに性能が高く、生産性も高い製品を生み出していきたいと思っています。」
廣田は、改めて信越化学の底力について実感したと語る。
「研究所と生産現場が隣接しているので量産化へのアクションの早さは他の追従を許さない、驚異的なスピード感を持っていると自負しています。私たち研究所員には、研究だけでなく,実用化段階では生産技術部門や製造部門としっかり連携していくべしという考え方が染みついている。研究所は“考えるだけが仕事”と認識されがちですが、うちは違う。自分たちが発想したら、まずは自分たちが手を動かして、自分たちで装置を使って、自分たちで加工もする。だから課題解決も早いし、何よりも製品に愛着が持てる。研究者としてのやりがいが実感できる場面が多いのです。」
こういった技術者のスタンスは、社内でも“The信越”と表現されるほど、脈々と語り継がれてきたスタンダードな思想として浸透。信越化学の大きな強みとなっているのは間違いない。