プロジェクトPROJECT

シリコーン 〜世界で通用する放熱シートの実現へ〜
暗礁に乗り上げたプロジェクトを前進させた開発者の意地と執念

シリコーン電子材料技術研究所 第二部開発室
遠藤 晃洋
2002年入社 総合理工学研究科 化学環境学専攻

挑戦

世界市場を席巻する“グローバルスタンダード”を作れ

信越化学が製造するシリコーン素材の放熱シートは、優れた耐熱性をはじめとした信頼性の高さによって、実に幅広い用途で使用されている。例えば、電子機器はもちろんのこと、ハイブリッドやEVなど電子化が進む自動車、LED照明、各種産業機器など、さまざまな産業分野で必要不可欠な材料となっている。信越化学の製品はハイスペックな性能を有する高機能品の比率が高いが、一方、市場では低価格で汎用性のある材料が求められていた。そこで、社内でも低価格で、かつ高性能な製品を製造し、世界中で使用される“グローバルスタンダード”を作るべきとの議論が持ち上がっていた。シリコーン電子材料技術研究所に所属する遠藤は、原材料の組成やシートの構成を最適化することでコストダウンと高性能化の両立が可能であると提言。プロジェクトチームを任されることとなった。 まずは営業と相談しながら、競争力のある価格と性能を目標値として設定。それはコストダウンと放熱性能アップを同時に実現するという、かなり厳しい目標ではあった。さらに、シートの物性に合わせ、効率よく生産できるプロセスも再考する必要がある。もちろん、遠藤がひとりでプロジェクトを進めるわけではない。 遠藤は、信越化学独自のモノづくりである工場・研究所・営業が「三位一体」となった体制でプロジェクトを進めた。

放熱シートのポリマー成分はシリコーンではあるが、それ自体に放熱性能がないので、フィラーと呼ばれる熱伝導性の充填剤を配合する。フィラーは配合量も多いため、コストへの影響も大きい。そもそもコストと性能は比例するというのがセオリー。安価でありながら充填性に優れ、ターゲットとなる熱伝導性を実現できるなど、あらゆる条件を満たす原材料、および組成を見つけ出すのは至難の業であった。

「組成の考え方にはふた通りあって、必要な性質を補うために添加剤を加えていくパターンと、逆に一度構成をシンプルにして、そこから最適化をしていくパターンがあります。私は後者の“引き算”からの手法を用いることが好み。無限ともいえる原料の組み合わせの中から、ベストな組み合わせを見つけることに注力しました」

ところが、当然のことながら、開発の期限は決められているので、理想の組み合わせが見つかるまで、永遠に探し続けるわけにはいかない。
「“完全な答え”というものはありません。だから、どこかで区切りを付けなければ、製品として世に送り出せなくなってしまう。今回の開発はむしろ、そのタイミングが重要だと認識していました。与えられた期限内にできることをすべてやって、限りなく目標値に近づける必要がありました」

哲学

付加価値を追い求めるのが開発部門のミッション

原料の配合を最適化していくのと同時に、生産プロセスの最適化も平行して取り組んでいたという遠藤。すべて順調に進んでいったのだが、量産化を目前にして想定外の製品トラブルが発生した。
実際に量産で使用するラインを利用して量産試作を実施したところ、シートの表面状態が顕著に悪化。小スケール、スポット生産では露見しなかった不具合が発生した。
「生産プロセスもほぼ見えていた段階であったために、かなり焦りましたね。研究所での検証の結果、原因がわかりました。同等品を用いた材料では、分散が不安定だったため、凝集した材料が表面に析出していたのです」
析出を防ぐため、徹底的に材料を再分析し、粒子の大きさをコントロールするなどの工程をプロセスに追加した。しかし、他の原料とのバランスも考慮しなくては構成そのものが変わってしまう。
「相当悩みました。現場で実験する必要があったので、工場に出向いて、何度もトライアンドエラーを繰り返しながら最適な組成を見つけだしていくしかありませんでした」
目の前の大きな課題を解決しなければ、新しい放熱シートを世に送り出すタイミングがどんどん遅れていってしまう。遠藤は大きなプレッシャーを感じていた。
「製造スタッフたちも、生産を心待ちにしていました。ですから、量産サンプルの表面をルーペで細かくチェックしている私の表情を伺っていました。会社の期待もさることながら、そういった現場の期待にも応えたいと、そう思っていました」
そして、ついに完成の時を迎えた。ルーペで表面状態を確認し、自然に笑みがこぼれた。現地の製造スタッフたちが安堵の表情を浮かべる、その瞬間に、遠藤の長い戦いにひと区切りがついた。
「その後は生産技術の担当者がメインとなり、私研究所がサポートするカタチで量産体制を整えていくフェーズへと移行。2013年に基本方針が固まってから、2014年9月までの約一年半の間、ずっと張りつめ続けていた気持ちが、ようやく少しだけゆるみました」

“低価格・高性能”を実現することに成功した信越化学の新しい放熱シートは、これまで参入が難しかった中国やアメリカ、ヨーロッパの市場にも切り込むことができるようになり、さらに新規顧客の開拓にも寄与。世界に通用する価格競争力のある製品をラインアップに加えることができた。遠藤本人も、このプロジェクトで得るものが多かったと振り返る。
「今回のプロジェクトを通じて、製造プロセスの細かいところまで理解できたので経験値は増えました。製造プロセスを知っていると、特性として押さえるべきポイントが見えてくるし、最初からそこを計算して取り掛かれるようになるので、開発スピードがあがると思っています。そして、基礎を知れば付加価値がつけやすくなる。利益を生むことができるのは付加価値ですから、それを追い求めるのが開発部門のミッションだと思っています」
困難なプロジェクトを乗り切った遠藤は、信越化学の力を改めて認識したという。
「私たちの会社には、材料や装置、プロセス、品質保証、分析など、それぞれの分野におけるプロフェッショナルがたくさんいて、困ったときは助けてもらうことができるのは大変心強い。また、工場と研究所の位置が近く、関係性も深いのが信越化学最大の強みだと思っています」

研究職は、社内で頼りにされる存在だという自覚が遠藤にはある。
「それだけ大変ですが、同時にやりがいもある。各所から情報が集まってきて、自分の意見をもって発信していけば、皆が一生懸命に考えてくれる。自分がやりたいことを実現するには、最適な職種なのではないかと思っています」

個々の力を信頼で繋ぎ、信越化学の総力とする。そんな要としての自覚が遠藤たち研究所員の原動力となっているのは間違いない。