| 旅に隠されたメッセージを引き出す |
千葉 どういう経緯で、このお仕事をすることになったのですか。
関口 全部の理由は僕にもわかりません。たぶん、番組を途中でやめざるを得ない事故・事件を起こすような、個性の強いタイプじゃないと判断されたのではないでしょうか(笑)。でも僕にとっては偶然とは言いがたいほど、大きな意味がありました。僕はここ数年、静岡県伊東市の大室山近くで暮らし、コンサート活動なども行っています。そこで計画していたあるイベントがあって、実現のためには毎年旅をしなくちゃいけない状況になったんです。「出不精だけど、そんなこと言っていられないから旅をするか」と思っていたときに番組の話をいただきました。それもおかしいんですよ。海外だけじゃなくやっぱり自分の国を見ておかなくちゃ、僕は縄文好きで、自分で旅の行き先を選ぶと縄文遺跡のあるところばかりになってしまう。だからなんとか「行きたいところに行けない旅」をしたいものだと思っていたら…
千葉 あつらえたように、鉄道を乗りつくす旅番組に出ることになった(笑)。偶然とは言えないようなチャンスの訪れ方ですね。
関口 いちばん大切なのは、驚くべきタイミングで自分がやろうとしていたことが、目の前にぽんと現れたことでした。僕は一番候補でさえなかったんですから。普通は最初の候補の人に決まって、ひっくり返ったりしませんよね。でも企画者の人は、僕に会った瞬間何かを感じ取ったらしいんです。こっちは運命感じてるわけです。その気持ちを訴えてみたら、どうやら言ってることが嘘じゃないとわかったみたい。僕が一番候補を呪い殺したわけじゃないです(笑)。無血開城ですよ、これは。
偶然の導きのようなものを感じていただけに、この旅はくだらないことが原因になって終わるわけがないと思ってました。なぜって、この旅には僕に引き出されたい隠れたメッセージがあるんじゃないか。それを正しく出せなかったときに、終わるんじゃないかということをすごく考えましたね
。
千葉 それなら、余計に旅の前には緊張しませんでしたか?
関口 北條時宗が元寇の際、師の無学祖元(南宋から来日した禅僧。鎌倉にある円覚寺の開祖)にどうすべきか相談したところ、祖元が「莫(ばく)妄想(もうぞう)」(あれこれ思い悩まず、思い切って事にあたれという意味。「莫(まく)煩悩(ぼんのう)」とも)という三文字を書いて与え、励ましたという話があります。僕もその「莫妄想」ですよ。あれこれ考えたってしかたないんだと思いました。
そして、この旅は視聴者全員の故郷を廻るものなんだ、鉄道にくわしくなる旅じゃないのだと心が決まりました。それが決まったら、おもしろい結果が出てきたんです。普通こういう旅番組であれば、自分を宣伝するいい機会だとタレントは思うわけです。地方で暮らす素朴な人を面白おかしく紹介して、その斬り込み方のセンスで自分の価値を高めていくものでしょ。だけど今回それは違うのだ、いろいろな出来事をありのまま受けとめる人生修養なんだと、自分でセッティングしてみたら、視聴者はちゃんと見てくださる。「こういう番組を待っていました」とお手紙がたくさん届きました。もっとも、それは全員が女性でした(笑)。
千葉 東京っ子の関口さんが、すべての人の故郷を巡るというのがポイントだったかもしれませんね。
関口 だけど、それとはちょっと違うんですよ。たとえば都会育ちの僕が慣れないローカル線の旅をして、乗継がうまく行かず6時間待たされたとします。これまでの番組なら、疲れきって駅のベンチに座る僕の姿を映したでしょう。ところが僕は6時間も待たされると、そこらにいた子どもと遊んじゃう。絵日記書いちゃう。微妙に演出とはずれた行動に走るんです。それも、子どもを探したわけではなく、寄ってきたから遊んだだけですけれど。本来の意図どおりじゃないことの連続なのに、結果は意図どおりになっていく。僕が変なタレント根性を出していたら、その味は出なかったと思います。
今となっては、自分の"我"に負けなかったことを、自分でほめたいですね。 |
| 旅のいやな経験は旅が癒してくれた |
千葉 ちらりと絵日記に書いていらしたけれど、いやなこともあったんでしょう?
関口 たとえば、番組に感動した人が子どもを連れてきて、「関口さんとうちの子を椅子に並べて記念写真撮りたい」と言ってくる。だけどそれは違うでしょ。僕たちは自然な旅を撮影したいと思ってやっているのに、そういう人は自分の行為が番組の邪魔をすることを知っていて、わざとやるんです。1枚の記念写真がほしいためだけにね。浅ましいですよ。僕は「そういう作り物がない番組だからあなたは感動したんでしょ、それならなぜほかの人にもその感動を与えようと思えないの?それはあなたのエゴでしょ」って言いたかった。その浅ましさはずっと僕の心に残ってしまうんです。
中にはスタッフを罵倒して帰る人もいました。「この人ってこの年まで何を考えて生きてきたんだろう」と思って悲しくなっちゃった。番組では出ませんけれど、実はそういうことが旅の半分以上を占めるんです。
千葉 それをうまく消化して、翌日も旅をしていくのは大変だったでしょうね。
関口 限界はありました。偶発の出会いだから、こういう番組ができあがるんですけれどね。だけど悲しさを消してくれるのもまた、旅の出来事なんです。
鳴門海峡で橋の上から渦を見ていたときのこと。雨は降ってくるし、渦は期待したような大きなものじゃなくて、小さな渦がぶくぶく湧いてくるだけ。でも宿に着いて絵日記に渦の絵を描いていると、気持ちが徐々に整理されてくるんです。この渦が言っているのは、いやな経験があるから感動も大きくなっていくんだよ、ってことなのかななんて思える。絵日記があってよかったんです。
JRの福知山線の事故も大きかったですね。全国をJRで旅している僕たちにとって、万が一にも起きてほしくない事故だったから。だけどそれは番組中止につながりませんでした。視聴者の方も「やめろ」というどころか、かえって僕の心配をしてくれたり、事故に対して何もできないのが無力だと手紙を下さったり。日本人の良心を感じました。
そして僕が思ったのは、「旅を続ける意味は、全国を代表して追悼することにある」ということでした。事故が起きたとき、何もなかったことにせず、全国の人と心を合わせて受けとめようと。「秋の旅」を始める日、空が素晴らしく晴れ渡っていたんです。「これは僕たちが事故で亡くなった人を追悼しようという気持ちでやってきたから迎えられたネクストステージなのだ」という実感がありましたね。そうでなかったら、空は曇っていたんじゃないかと思うんですよ。「莫妄想」効果というか、あれこれあざといことを考えていたら、あるいは雇われ仕事だと思って日々の撮影をこなしていたら、起き得ないようなドラマがいろいろとありました。 |
| 旅で感じた水の力 思いは今後の世界へ |
千葉 日本だけでなく、ヨーロッパを鉄道で旅されましたね。そこで感じられたことは。
関口 どういうわけか、水に縁のある旅になりました。水のすごさを感じたと言うのでしょうか。たとえばスイス。あの国が永世中立をなぜ守れたか。歴史書を読めばわかることはたくさんありますが、それだけでは限界があるんですよね。スイスは資源が乏しいけれど、スイスから発生した国際機関はたくさんある。アンリー・デュナンは戦場で悲惨な光景を目にしたから赤十字を発想したと言われています。だけどそれだけじゃないと僕は思いました。スイスでは、水が人里離れているところにあるので、水のあるところは聖地みたいになっているんです。スイス人は、その聖地から日常的なインスピレーションを感じている。そこから人々が新しいものを生み出す。水の営みとでも言うのでしょうか。そういうことがきっとあったと感じました。
千葉 日本でも滝とか泉、池など水のあるところで聖地になっている場所はたくさんありますね。
関口 日本って水がすごくうまい。空気が湿潤で、ヨーロッパなんかを旅してくると、帰国するたびにこの湿潤さがありがたいと思います。
鉄道の旅を続けている間、旅先でどういうわけか、しょっちゅう水に出会うんですよ。素晴らしい虹がかかったり。虹だって水ですよね。どうしてかなと考えてみて思い当たったのは、水と女性との関係なんです。虹が番組に出たとき、女性たちはちゃんと反応してくれました。「あの虹に感動しました」って手紙を下さる。自然の女性的な部分は水が支配しているからでしょう。男は「スイスの時計はよかった」なんて話ばっかりだったけど(笑)。
僕は、男性論理の社会から女性論理に動こうとしているということを、自然が示しているのだと思うんです。環境破壊や戦争などの問題は男性原理から起きていますよね。それは社会の仕組みを女性原理に切り替えたとき、初めて解決するんじゃないか。旅が僕に引き出されたがっていたメッセージはそういうことだったんじゃないかと思うようになりました。
千葉 今後の旅のご予定は?
関口 これからはもう、「旅人的な旅」はやめようと思っています。「せっかくキャラクターを確立したのにやめるわけ?」と思われるかもしれないけれど、僕は常にゼロに還りたい。ひとつのキャラクターにこだわっていくんじゃなく、ときには捨てながらやっていきたい。ヒントは僕が暮らす大室山にあるんです。大室山の火口にある草原から空を見上げていると、一瞬どこの国にいるのかわからなくなるんですよ。時空も、いつも自分が思っているのと違うと感じます。
そうやってどうゼロに還るべきかがいいのか考えていたとき、ふっと「空間の旅をしてきた自分だけれど、これからは時間の旅をしないといけない」と思いました。少しずつ「空間の旅」から切り替えて、新しい僕の姿を作っていく年にしたいですね
。
千葉 そういう年になるといいですね。本日はどうもありがとうございました。
『関口知宏が行くスイス鉄道の旅』
(徳間書店)
おなじみ、NHKの人気番組を単行本化した『鉄道の旅』シリーズ5作目。現地の人々とのふれあいを通して彼が見たこと、感じたことが、温かく丁寧なスケッチとたくさんの写真で鮮明に表現されています。言葉が違う者同士が造り上げ、自然を敬い、現在も永世なる中立を保ち続けるスイスの魅力に迫った1冊です。 |